Ⅰ 社会福祉法人制度改革の背景

近年、社会福祉を巡る状況は大きく変化しています。人口減少・少子高齢化社会の到来、子どもに対する虐待の深刻化など、福祉ニーズが多様化・複雑化しており、その中で社会福祉法人はこれまで以上に公益性の高い事業運営が求められています。
 また、平成12年の介護保険制度の導入以降、在宅サービスなどの分野では株式会社やNPO法人が参入するようになり多様な経営主体が競合する市場になりましたが、同じサービスを提供しているにも関わらず、社会福祉法人のみ補助金や非課税措置などの財政上の優遇措置を受けていることが問題となっています(イコールフッティングの問題)。
 さらには、一部の社会福祉法人において、社会福祉法人の私物化とも取れる不適切な運営が報じられ、また、一部の社会福祉法人では過大な内部留保を貯め込んでいるという批判もされています。
 このような状況の変化に対応するため、社会福祉法人の在り方そのものを見直していく必要があり、社会福祉法人制度の改革が求められることとなりました。

Ⅱ 社会福祉法人制度改革の概要

 今回の社会福祉法人制度の改革の基本的な視点は、「公益性・非営利性の徹底」「国民に対する説明責任」「地域社会への貢献」です。
 福祉ニーズが多様化・複雑化している中で、社会福祉法人は公益性・非営利性を備えた法人としてその役割がますます高まってきています。そこで、「公益性・非営利性の徹底」の視点から組織運営の在り方を見直し、「ガバナンスの強化」を図ります。
 また、社会福祉法人は公益性と非営利性を備えた法人として、その運営状況について国民に対しての説明を十分に行う必要があります。そこで、「国民に対する説明責任」の視点から、運営の透明性の確保、適正かつ公正な支出管理及び内部留保の明確化等の「積極的な情報開示」が求められます。
 「地域社会への貢献」という視点からは、多様化・複雑化する福祉ニーズに応えるため、社会福祉法人には、営利企業等では実施することが難しく、市場で安定的・継続的に供給されることが望めないサービスを供給するなど、「多様な福祉ニーズへの対応」が求められます。

 各対策の具体的な内容は以下の通りです。

1 ガバナンス強化

① 内部管理の強化
理事・理事長・理事会・評議員・評議員会及び監事の権限・義務・責任等の明確化を図り、経営組織体制を見直すことにより、ガバナンスの強化を図ります。
具体的には、現状は法令上理事長・理事会の規定がない、評議員会の設置は法令上任意とされている、などの状況に鑑み、以下のような経営組織体制の見直しがなされます。
• 理事・理事長・理事会の位置付け・権限・義務・責任を明確化、理事の定数及び構成を明確化
• 評議員・評議員会の位置付け・権限・義務・責任の明確化、評議員の定数等、選任及び構成を明確化
• 監事の位置付け・権限・義務・責任の明確化、監事の定数等、選任及び構成を明確化

② 会計監査人の設置義務化
ガバナンスの強化、財務規律の確立の観点から、一定規模以上の法人に対して、会計監査人による監査を法律上義務付けます。会計監査人の設置が義務付けられる社会福祉法人の具体的な範囲は以下の通りです。
• 収益(事業活動計算書におけるサービス活動収益)が10億円以上の法人(当初は10億円以上の法人とし、段階的に対象範囲を拡大)
• 負債(貸借対照表における負債)が20億円以上の法人
また、会計監査人の設置の義務付けの対象とならない法人に対する対応は以下の通りです。
• 公認会計士、監査法人、税理士又は税理士法人による財務会計に係る体制整備状況の点検等
• 監事への公認会計士又は税理士の登用

③ 会計監査人監査と行政の関与との関係
ガバナンス強化の状況や会計監査人監査・外部監査の導入状況による法人の自律性を前提とした行政の関与が行われます。具体的には、以下の要件を満たす社会福祉法人に対しては、定期監査の実施周期の延長や監査項目の重点化等を行う仕組みを導入することが検討されています。
【要件①】 社会福祉法人改革に即したガバナンスや運営の透明性の確保、財務規律の確立等に適切に対応している法人
【要件②】 財務諸表や現況報告書のほか、会計監査人が作成する監査報告書及び「運営協議会」の議事録を提出して、所轄庁による審査の結果、適切な組織運営・会計処理の実施や地域等の意見を踏まえた法人運営が行われている法人

2 積極的な情報開示

① 運営の透明性の確保
社会福祉法人はその「高い公益性と非営利性」から、その運営状況について国民に対する説明責任を十分に果たす必要があります。そのため、開示対象書類を追加するとともに、それらの情報を国民が入手しやすくするためにインターネットを活用することが求められます。具体的には、
• 定款、事業計画書、役員報酬基準を新たに閲覧対象とするとともに、閲覧請求者を国民一般に拡大する
• 定款、貸借対照表、収支計算書、役員報酬基準を公表対象とすることを法令上位置付ける
• 現況報告書について、役員区分ごとの報酬総額を追加した上で、閲覧・公表の対象とすることを法令上明記する

② 適正かつ公正な支出管理
社会福祉法人はその「高い公益性と非営利性」から、財務規律に関する社会的要請が強く、特に役員報酬や役員の親族等の関係者との取引などについて適正かつ公正な支出管理をすることが求められます。具体的には以下の事項に取り組むことが求められます。
• 適正な役員報酬を担保するための役員報酬基準の策定と公表等
• 関係者への特別の利益供与の禁止と関連当事者との取引内容の公表
• 会計監査人の設置を含む外部監査の活用
これらの情報については、会計監査人監査等によりその信頼性を担保させることにより、より信頼性の高い情報を開示することにつながります。

③ 内部留保の明確化及び福祉サービスへの再投下
国民に対する説明責任という観点から、昨今問題になっているいわゆる内部留保の金額を明確にする必要があります。その上で、全ての財産額から事業継続に必要な最低限の財産額を控除した財産がある場合には、その財産を福祉サービスに再投下することが求められます。
この内部留保の金額を明確に国民に対して示す上でも、会計監査人監査等がよりその信頼性を担保することになります。

3 多様な福祉ニーズへの対応

① 地域における公益的な取組の責務
福祉ニーズが多様化・複雑化している中で、公益性の高い社会福祉法人の役割は必要に重要になってきています。社会福祉法人には、日常生活・社会生活上の支援を必要とする者に対して無料又は低額の料金により福祉サービスを提供することを社会福祉法人の責務として位置付けることが必要とされています。

Ⅲ 社会福祉法人制度改革における会計監査人監査

 社会福祉法人制度改革では、上記の通り「公益性・非営利性の徹底」「国民に対する説明責任」「地域社会への貢献」を基本的な視点として様々な見直しがなされています。その中で、「公益性・非営利性の徹底」「国民に対する説明責任」には当然に適切に対応した上で、各社会福祉法人が「地域社会への貢献」でどのように応えるかが非常に重要になります。そこでの取り組みによって、社会福祉法人にしかできない地域に根付いた福祉サービスの提供が可能となるからです。しかし、その大前提として「公益性・非営利性の徹底」「国民に対する説明責任」は当然に適切に対応すべきものであると言え、さらに、それらの対応への信頼性を担保するものが会計監査人監査となります。会計監査人監査は、今回の社会福祉法人制度改革の根底をなすものであると言えます。

Ⅳ 会計監査のことを理解する意義

 今回の社会福祉法人制度改革において、ガバナンスの強化、財務規律の確立の観点から、一定規模以上の法人に対して会計監査人による監査を法律上義務付けることになりました。また、会計監査人の設置の義務付けの対象とならない社会福祉法人においても、会計監査人監査の設置を含む外部監査の活用は、社会福祉法人制度改革の信頼性を担保する上で非常に重要なものとなります。これら義務付け対象となる社会福祉法人及び義務付けの対象とならない社会福祉法人であっても積極的に会計監査人監査を活用しようとしている社会福祉法人において、会計監査人監査導入における課題は「監査受入態勢の整備」「適正な監査コストの実現」「経理人材の負担の軽減」が挙げられます。これまで会計監査を受けてこなかった社会福祉法人において、受入態勢の整備なしに監査を導入すると、監査を受ける社会福祉法人側においても、また監査をする会計監査人側においても多くの無駄な工数がかかり、結果として監査コストが増大し、また対応する経理人材の負担が大きくなってしまいます。従って、監査導入前にこれらの課題に対応しておく必要がありますが、実はこれらの課題は「効率的な監査」により実現できます。そのためには監査や監査法人のことを理解しなければなりません。
 監査の一連の流れを理解し、自社にとっての監査のポイントを理解しておけば、監査を予見して日常業務を進めることができ、スムーズな監査の受入態勢の整備が可能となります。そうすれば、決算時期の不毛な残業もなくなり、経理人員への過度な負担もなくなり、結果として適正な監査コストの実現にも繋がります。
 監査する側の視点で会計監査と監査法人について学んでいただき、効率的な監査を実現することで今回の社会福祉法人制度改革をより意味のあるものにしてください。
 (「経営者のための実践ファイナンス」ビデオライブラリ「監査法人を理解する」